財布よりも家のカギを失くすほうが大変。なぜなら・・・

house_key子どもの頃は、買い物の時は親がお金を払ってくれていた。お金の価値なんてわかっていなかったし、足し算引き算も理解できていなかったからね。僕の場合は特に、小学校高学年になるまでお財布というものを持ったことがなかったと思う。でも、鍵は低学年の頃から持たされていた。

末っ子の僕が小学校に上がると、母親がパートで働きだしたので、下校時に母親が居ないこともあり、鍵はしっかりした紐の長いキーホルダーに付けられ、それをキーホルダーごとランドセルにつけられた。帰宅して母が居ないと自分で鍵を開け、ランドセルを置いて宿題もやらないまま、ランドセルについている鍵をキーホルダーごと外して首にかけ、また出かけていくのだ。もちろん家の鍵をしっかり閉めて。最初の頃は何度か施錠を忘れ、兄や母に怒られたっけ。

それだけ生活に密着している鍵だから、いざ紛失なんてしようものなら、財布や他の物を失くすよりも大変だ。財布を失くしたら普通はまず行動だ。周囲の人に自分の財布を知らないか聞いて周るし、クレジットカードを止めるために電話をかけたり、警察に紛失届を出す場合もあるだろう。でも鍵は、僕の行動そのものを止めてしまう。前へ進めなく。鍵がなければ進むことも、外に飛び出すこともできなくなるのだ。しかしやっかいなのは鍵だ。小さい上に普段は存在感がない。大切なお金がしまわれている財布や、メールや電話の着信音を鳴らす携帯とは、存在感が違う。無意識につかんで使い、また無意識に置かれる。僕は家の中で鍵を紛失することも多いのだ。

財布には身分証明になるような免許証や、レンタルビデオ店の会員カードや病院の診察券が入っている。でも鍵には名前も目印になるものも書いていない。もし家の外で失くしたら、探しようがないではないか。いつか鍵を紛失したらと考えるだけで、とても恐ろしいのが鍵なのだ。